隣の眼鏡はよく笑う眼鏡だ
高橋優 / 同じ空の下
正直に言うとこの曲、最初の頃聴くことを躊躇うくらい苦手でした。今でもほんの少しだけその苦手意識が残っています。神様もびっくりレベルのひねくれ大魔王なので世間一般の「良い歌」「明るい歌」「応援歌」の類に拒否反応を起こしてしまってそういう類の歌がどうも苦手で。
素直に聞けなくて、最初に聴いた時は「うわ〜こういう歌を歌うタイプのひとか〜」と全身にサブイボを立てながら秒で聞き流していたのですが少しずつ他のいろんな曲を聴いたり映像やライブ、インタビューなど高橋優本人から発信される様々な生きた言葉に触れていくに連れて段々「この人はこっち側の人間なんだ」ということに気付いて更には「自分と似てる」と思えて。
そう思って暫くしてからもう一度この歌を聞いてみようと。こっち側の人間の書く前向きな歌ってどんなものなんだろうって。単純に興味が湧いたのです。
沢山の挫折や葛藤、困難を経験してきた人の心の底から生まれてくる前向きな言葉は嘘っぽくも薄っぺらくも聞こえないし純粋に受け止められた、と同時にびっくりするくらい自分に落とし込んで聞けました。
明日がそっぽ向いてたり今日がやるせない毎日ばっかり過ごしているもので聴くたびに「なんだ今日の私のことか…」って思うし自分と近いと思う人の言葉だから自分に投影しやすくて移入しやすい、ぽんぽんっと優しく背中を押して…押すというよりは「ほら、ここにいるよ」って優しく叩いて教えてくれるみたいなイメージかな。そっか、わたし一人じゃないのかって。
この手伸ばして一歩踏み出して
「これだ」って腹括って決めた
道なき道をどこまでも行こう
何度躓いても 夢は叶うよ
さぁ 歩み続けよう
やがて時は満ちてく
余談▷一番の「夢は叶うよ」の「叶うよ」が「秋田ぽいなぁ…訛ってるなぁ…」っていうのがこの曲の本当の本当の第一印象でした。「がなうよ」に聞こえる…っていうかそう言ってる絶対。ずっと訛りを捨てずに東京で20年以上訛り続けている広島県出身の某ロックバンドを見て育ったので親近感は大いにありましたし歌が一発録りなのもなんかいいなって思えました。あとカラオケで歌うと「ゥオ〜イェ〜」のセンスがなくて上手く歌えません。今も。
自分に投影すると同時にこの歌を作った本人に移入して本人を思うことも大いに出来て。ちょっと弱ってるとこの二つの意味合いで苦しくなってすぐ両方の目から水が出ちゃうんですよね…バスタオルください…ブビビビーッ
本当に色々あって、ハッピーおたんこなすな私なんかじゃ知りえないし分かりきれない事も大いに含めて沢山あって、もう無理って思ったり歩くことを辞めようって思ったりしたこともあったかもしれない。
でもどんなに転んで泥んこになってもボロクソになっても心が傷付いても周りから笑われても何しても歩くことを止めないで歩いて、歩いて、歩き続けてやっと光を掴んで、その道なき道は今も続いてるんだなって。
よく歩き続けたなって、誰目線だよって話ですけど本当に素直にそう思うし心の底から尊敬する。数少ない尊敬出来る大人の一人が強力すぎて一般人が霞む、というかよく見えない。というか見えない。ていうか居ない。
この曲においての「夢は叶うよ」の強さ。
はい、たった今説得力の高さがエベレストを超えました。なぜならこれは夢を叶えた人の言葉だからです。
人と少し違ったり
少数な方に属したら
蔑まれることも珍しくないよ
でも心配ないよ 腰抜けの戯言
歩みを止めなけりゃ
夢は逃げやしないから
最初の「選ばれたわけじゃない」「才能があるって保証もない」といい、この部分といい、始まりの言葉が少しだけ後ろ向きなのがいいと思うんですよね。少し後ろ向きな言葉から入ることによって「それで?」「だからなんだ?」っていう良い引っかかりになるというか、
続きを聞きたくなるような始まり方だと思うんですよ。始まっていきなり「夢は叶うぜ〜!!!(爆音)」って言われてもなんか全然叶いそうもないし「ウルセェ!」って耳も心も塞いじゃうよね、少なくともひねくれ大魔王は。
蔑まれたりしたことは昔から何度もあるし今でもたまにある。あの頃この曲に出会っていらもう少し頑丈に強くなれてたのかなぁ、なんて。いつだって何か人と違うことをする人は何もしない人にボコボコに叩かれるんだ。この曲作った人もそんな経験があるんだろうか…
望んでた成果はまだ得られない
この高い壁の向こう側に
何があるだろう
ライブで手にグッと力を込めて少し上を見つめながらこの歌詞を歌う姿が好きです。待ってろよ!今に見てろ!って感じがしてたまらないです。一緒に力こぶ握っちゃう。壁の向こうには何があるのかなぁ、出来るだけ素敵なこととか、幸せなことだといいな。
いつかまた会えた時は
胸を張っていたいな
まだ笑うには難しい
増えてくばかりの傷も
君と笑い飛ばせりゃいい
その時まであと
どれくらいの涙が流れても
独りぼっちでも 孤独とは違うよ
同じ空を見てる
すごく小規模なこと言うと「いつかまた会えた時」=「ライブ」と思ってて。ライブってどちらかと言えば非現実な空間と時間じゃないですか。現実社会で戦って戦って、負けちゃったり落ち込むことの方が多いけど「でももうすぐライブだから踏ん張らなくちゃ!」とか「頑張ってコイツ倒してからライブ行こう!」とか。とにかくライブに行くのに、好きなあの人に会いに行くのに自分の中で後ろめたさがあってはならないと思ってて。
胸を張って全力で楽しむには現実社会でそれなりに頑張らなくちゃいけないと。折角なら胸を張って会いに行きたいと。会えた時に嫌なことも笑い飛ばせればいいと、思いながら日々をせっせと歩いているわけです。
「独りぼっちでも孤独とは違うよ同じ空を見てる」
これは「一人」と「孤独」を知ってる人の言葉。
いつもここで我慢出来ずにポロッ…と目から一粒だけ水が出てくる…よく「一人だなぁ」って思って鬱ぎ込む人間だから…でもそれは孤独じゃないって、みんな同じ空を見てるんだよほら君も見てごらんって自然と視点と顔を上に向けさせてくれる…わぁ…今日も綺麗な空だなぁ…
まだ笑うには難しいとかあとどれくらい涙が流れてもとか単純に「笑ってー!笑ってー!」って言いまくるんじゃなくてちゃんと聞き手が自分から笑えるのを待ってるこの言葉の使い方、強制じゃなくて同調だから良いんだと思う。最終判断はこっちに任せてくれてるからポジティブ恐怖症でも素直に聞けるし、ウンそうかなって感じられる。
明日も笑えるよきっと
何が待っていても
行けるところまで行こう
同じ空の下で
ここも「最後まで」とかじゃなくてあくまでも自分が、あなたが「行けるところまで」行こう!というのがいいと思うんです。もはやこの曲の歌詞みんな良いんですけど。
強くて腹立つくらい強い人の曲。ほぼ毎回言ってますけど本当にこの人強いなぁって思うんだ…夢を持った人間は強くて羨ましい。私は夢が全く無い人間なのでやっぱり夢がないとダメですか…?とか色々考えちゃったりもす…ボコッ!…ウッ…ドサッ……ひねくれネガティブ大魔王はきりたんぽで殴ってから燃えるゴミに出しておきますね。
逆にこんな風に思えてこんな言葉を生み出すまでにどれだけ辛くて苦しいことを経験したんだろうって考えると胸が痛むんですけど、どんなにひねくれネガティブ大魔王でもこの人も頑張ってるしこの人が言うなら本当に明日も笑えるし何があっても大丈夫な気がするぞ、よし明日も頑張ろう!って思える魔法の言葉が詰まった、痛いくらい強くて悲しいくらい優しい曲です。
国歌レベルで歌い続けて欲しい。
明日も笑えるよきっと。
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